女とコーヒーや、タバコに酒

頭の中を空っぽにするための

時間

大切だよね

 

時は金なり

 

とはよくいったもので

 

とりあえず、あいつやあいつら

 

マジでナメてる

 

絶対に許さない

 

表面上では、最低限のことはするけど

 

許してないから

 

ざんねーん

 

とりあえず、ぶっちぎって、ひれ伏させる。

 

努力努力

価値観とスピード感

自分と違うやつは、無視するに限る。決して、認めない。じゃないと、自分が疲弊する。

 

とか思わずに、もっと柔らかく、ありたいなぁ

軸って大切だと思う。

自分がどうなっていたいか、それが見えていないと、必要なことから逃げてしまうからだ。

逆に、不必要なことも削除できる。周りがやっていて、それが評価されていても、自分がなりたい姿になるためには、必要ないと割り切れる。

もっと、具体的に自分像を作り上げることが必要だ。

昼に街を散歩していたら、いや正確に言うと自転車だったけど、桜並木を通った。今までは何も思わなかったその景色を、とても雄大だと思えるようになった。

きょうのできごとなのだが、植えられて間もない、添木がしてある小さな桜の木が植えてある道を通った。それはとても可愛らしく、愛おしく、花の数もままならなくて、純粋な印象を受けた。透明感があり、脂も乗っていないが見ていてほっこりする。

それを見てからいつもの桜並木道。植えてある桜の木の一つ一つに歴史を感じる。多くの景色を見た、貫禄のある御大の様相。幹の表面や、木や枝の伸びる流れ、その先に咲く桜の花の一つ一つに言葉にできない趣を感じた。

今まで、何も考えずにしてきた花見であったが、こんな楽しみ方があったなんて、知らなかった。

人から見た自分と、自分から見た自分

当たり前だけど、タイトルの二つは違う。

 

わかってはいるけど、それにギャップがありすぎると、キツい。

 

自分が頑張るか、環境を変えるか。

 

とか考えたけど、結局自分がどうありたいか、っていう軸がぶれていなきゃ、大した問題ではない。

 

俺は、ハイソで高尚で、文化的で、感性豊かで、人の背景や中身を考えられて、引き出せて、受けられて、大事なものを守れる人間になりたい。

 

そのために、今毎日のように会っている奴らの評価がいるか?いや、いるはずもない。

俺は、俺がなりたいようになる。どんな仕打ちを受けても。

仕事

f:id:wmemento-mori:20170226070904j:imageオーナーに嫌われながら、現場での活躍の時もほぼなくなり、知識や技術や普段の肥やしの蓄積も活かされず、給料は現場で一番低く、それでもなんとか頑張って仕事するのは辛いなぁ、とか思ってた。

 

でも、結局将来やりたいことは変わらないし、そのために上のことを気にする必要があるかって言われたらそうでもないし、やることは変わらない。

 

自分の軸をぶらさずに、やっていくしかない。俺は俺。

人との付き合いかた

f:id:wmemento-mori:20170223043545j:imageここ最近、どんな人でも、真っ正面から、まともに「この人は自分にない凄いものを持っているかもしれない」といった価値観でコミュニケーションを取ってきたが。

 

それじゃ疲れる。まともに相手にしていると、病む。

 

というわけで、疲れる相手とは一歩引いて、「あぁぁ、この人バカなんだな」「今まで何して生きてきたんだろうな」というスタンスでコミュニケーションをとる(むしろ、積極的に避ける)ことにした。

 

だって、疲れるし。イライラするし。自分より給料をもらっている人なら、なおさら。

 

そういった人は、客観的に見ると自分よりできているから、コミュニティ単位での評価が高い、と思って生活してきた。そういった人を見下す行為は自分の成長に繋がらないし、自分本位な自己の芯を暴れさせる結果になってしまう、と思って、ずっと押さえつけてきた。

 

でもさ、それって常に自分を疑ってかかっている行為であって、自己不信なわけで、非常に疲れる。

 

鎖を解いて、のびのびやろう。調子に乗らない程度に。